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2006年11月29日 (水)

11/24 日本一周141日目(松山~新居浜)

1124 ☆今日の概要☆

・道後温泉本館・神の湯2階
・松山城
・鈍川温泉「鈍川温泉ホテル」(通算452湯目)
・新居浜・居酒屋「一」で愛媛名物を堪能

★本日の走行キロ 105キロ

☆今日のオススメ☆

・松山城

☆今日の詳細☆

チェックアウトしてすぐ、道後温泉本館に向かった。
松山を去る前に、もう一度入って行きたかった。
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今回は神の湯・2階席を利用、料金は800円。
入浴した後に2階の大広間で休憩が出来、
(ただし、入浴時間込みで1時間以内)
お茶と煎餅の接待を受けられる。

これで僕は、道後温泉本館の大体を堪能したことになる。
9年前には1000いくら払って、
3階個室休憩付の「霊の湯」に入湯したし、
夏目漱石ゆかりの「坊ちゃんの間」や
天皇家御用達の「又新殿(ゆうしんでん)」も見学した。
休憩なしの「神の湯」にも、2度入った。
そして今日は神の湯・2階席だ。

大広間へ上がると、浴衣を渡された。
上着などの荷物を目の前の籠に入れ、神の湯へ。
大広間の両端にある階段から、神の湯の脱衣所に下りれるのだ。
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昨晩、脱衣所で「あの階段はどこに続いてるんだろう」と思ったが、
2階の大広間と繋がっていたのだ。

西浴室に入ってみた。
こちらは初めて入ったかもしれない。
湯釜の装飾が多少違う他、特に変わりはないようだ。
平日の午前、さすがにあまり混んでおらず、
ゆっくりお湯を堪能した。

広間に戻ると、さっそくお茶と煎餅が運ばれてきた。
格式ある広間の風景をしみじみ眺めながら、お茶をすする。
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壁には、聖徳太子が来訪した時の様子や、
道後温泉発祥の因となった白鷺伝説を示した絵が飾られていた。
別料金で、ビン牛乳やジュースなども飲める。
どんな味だか思い出したくて、名物の「坊ちゃん団子」を注文した。
白玉部分の少ない(要するに餡子が多い)濃厚なお団子だった。
こちらはひと串、80円。

背中の障子を開けると、目の前に「ホテルパティオ・ドウゴ」があり、
こちらが北側なのだと分かった。
明治の昔にはこの北側の1階が玄関だったらしい。
屋根の一番高いところに飾られた白鷺も、北を向いて羽を広げている。
また、大国主命と少彦名命の伝説がある「玉の石」も、北側に安置されている。
大国主命が、病気に掛かった少彦名命を道後の湯に浸からせたところ
たちどころに回復し、この石の上で少彦名命が踊ったという
言い伝えが残っているらしい。
何となく、力比べ大会にでも使われそうな感じの石だった。

じっくりゆっくり、入浴と休憩の1時間を味わい、大広間を離れた。
玄関を出る時、次にここを訪れるのはいつなのだろうと考え、切なくなった。
もしかしたらもう二度と来れないかもしれない。
一期一会、それは人との出会いだけではないのだ。

松山城にはロープウェイで上った。
往復のロープウェイ(あるいはリフト)+入城料で1000円だった。
賤ヶ岳七本槍のひとり、加藤嘉明が、
25年の歳月を掛けて築いた松山城。
標高132mの勝山という小高い山の上にあり、
9年前にはゼエゼエ息を切らして坂道を歩いて登った記憶がある。

松山城は、3層3階、
天守閣の他、小天守、いくつかの門や櫓を配した、
連立式平山城である。

天守はユニークな形をしている。
他の3層3階のお城に比べ、僕にはちょっと不恰好にさえ思える。
眺めるたびに何となく、
あと1階くらい真ん中に付け足したい気分に襲われるのだ。
Img_3101
まるで目に見えない巨大なハンマーで、
真上から一撃、圧縮されたことのあるような風情で、
3層3階なのに、何となく2階くらいの高さしかないように見える。
だからといってもちろん、嫌いなお城ではない。

現在の天守は1835年に落成したものらしい。
国指定の重要文化財となっている。
国宝に指定される目前の昭和8年、
小天守閣、南北隅櫓、多聞櫓が放火による消失の憂き目に遭い、
それが影響したのか国宝ではなく重要文化財の指定に留まった。

放火の犯人は3年後に逮捕され、
他にも散々、放火やら何やらの余罪があったらしく、
6年後に死刑になった。

許せないと思うと同時に、かわいそうとも思う。
大抵こういう奴というのは家庭環境に恵まれずに育って、
屈折した心を持たされる。
そうして大人になって、訳の分からん事件を起こすのだ。
この辺は育った本人でないとその辛さ、苦しさは分からないだろう。
だからといって、罪が許されるはずもないのだが、
かわいそうと言えばかわいそうだ。
別のところに生まれ、温かい家庭環境の下に育ったなら、
こんな事件は起こさず、朗らかで幸せな人生を歩めたのかもしれないのだから。

まぁこんなことは、僕自身が何の被害にも遭ってないから、
ニュートラルな気持ちで考えられるというだけなんだけど。

城内を進んでいると、どうしても9年前を思い出す。
あの時は大学時代の恋人、友人たちと訪れ、
「確かこのあたりで写真を撮った気がする」とか、
「この辺にふたりで座って写してもらったな」とか、
そんなことばかりが頭をよぎった。
未練とかそういうものではないけれど。

城内には様々な文書や刀剣、甲冑などが展示されている。
毛利の名将、小早川隆景着用の鎧などもあり、
戦国ファンには見どころの多いお城だ。
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天守の最上階まで登り、道後温泉を遠望してみた。
本館を探したけれど、見つけられず、
100円式の望遠鏡を使って、ようやく発見した。
背の高い温泉ホテルの間に、申し訳なさそうに埋もれていた。
漱石の頃には、堂々たる本館の姿がハッキリ見えたのだろうか。
だとすれば、つまらない風景になったものである。

名残惜しい気持ちのまま、松山に別れを告げ、
鈍川温泉に向かった。
到着したのは夕方5時頃だった。
もうすっかり暗くなっていた。
「鈍川温泉ホテル」に入湯、料金は400円だった。

無色透明のお湯は、ラドンを多く含んだ「アルカリ性単純温泉」と表記があった。
が、湯温が20℃なのに単純温泉というのは妙だ。
単純温泉の定義は「泉温25℃以上」でなければならぬはずで、
恐らく何かの成分が一定値以上含まれた冷鉱泉なのではないかと思われる。
それがラドンなのだろうか。

水風呂として、源泉風呂が設置されていた。
水風呂の苦手な僕は、入れなかった。
内湯、サウナに、小さな木風呂の露天がひとつあった。
朝7時~夜9時まで、立寄りを受け付けているのは心強く、
料金も400円と安価なところに好感を持った。

新居浜でうかい氏と合流した後は、
居酒屋「一」というところに連れて行ってもらった。
新居浜名物(愛媛名物?)の
「ふぐざく」、「たちうお」、「しゃこ」、「ザンキ」などを食べた。
俺的には、たちうお、しゃこ、ザンキがうまかった。
ザンキというのは、鶏の唐揚げのこと。
関西以西でザンキというのか、四国での表現なのかよく知らない。

寝不足気味のうかい氏は、日本酒(焼酎?)をひと瓶飲んで、
後半はあまり喋らなくなっていた。
相当眠かったらしい。
その隣で僕は、出てくる料理をウマイウマイとはしゃぎながら、
ことごとく完食した。
先に挙げた名物料理の他、
チーズカツレツ、ざるどうふ、もう一個ナントカとうふ、
揚げ出し豆腐、お茶漬けも食べた。
飲んだものはラムネ2本と、ウーロン茶一本。
我ながらよく食うもんだ。
それにしてもうまかった。
居酒屋にはなかなか来ないから、こういう料理はたまに新鮮で良い。

うかい氏は僕が来るというので、
彼なりに部屋を一生懸命片付けてくれていた。
ニャンコロが2匹いた。
グレーのあずきくんと、キジトラのかなたちゃん。
あずきくんは思いきり人懐こくて、
僕が部屋に入ったとたんにニャアニャアとくっついてきた。
一方かなたちゃんは、出窓に逃げ込み、
こっそりと僕の様子を伺っていた。

でも不思議なことに、かなたちゃんは、
僕がベッドに入ったとたんにベッドに乗ってきて、
ゴロゴロ喉を鳴らして甘えてきた。
いったいどうなってるんだ?
そのままずっと朝まで、僕と同じ布団で一緒に寝て、
翌日起きてみると、またよそよそしくなっていた。
人嫌いな訳でもなく、人懐こいわけでもなく、
あんな不思議な猫には初めて会った。

まぁ、どっちもかわいくて良かった。
僕はいつの間にか彼らに名前を付けて呼んでいた。
両猫とも同じ名前、「ゴロジロウ」と名付けてやった。


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