« 5/14 日本一周241日目(八千代~下妻) | トップページ | 5/16 日本一周243日目(しょうなん~横浜) »

2007年5月17日 (木)

5/15 日本一周242日目(父に会う 下妻~手賀沼)

☆今日の概要☆

・大宝八幡宮
・4年ぶりで父に会う。

★本日の走行キロ 91キロ

☆今日の詳細☆

結局、3時間くらいしか眠れなかった。
昨日の朝に使い切ったオーラソーマのショックボトル(26番)の影響もあったのかな。
あれを使っている間ずっと、何となく夜眠りにくかった。

父と会う前に、大宝八幡宮に参拝した。
Img_58581
ここは何でも、関東最古の八幡宮らしい。
僕は半年前には総本宮の宇佐八幡に参拝しているし、
ここに来ることは何となく意味がありそうな気がした。
父と4年ぶりに会う直前でもあったし。
爽やかな新緑に囲まれた、気持ちのいい神社だった。
「撫で狛犬」とかいうものがあり、
体の直したい部分を触るとご利益があるらしいので、
いたるところを撫でまくってきた。

父とは12時過ぎに再会した。
奥さんの車に乗せられてきた。
夜勤明け+歯医者からの帰りで、疲れた顔をしていた。

父は今、東京でタクシーの運転手をしており、
朝の5時まで仕事をして、8時に家に帰ってきたらしい。
いつもはそこで数時間寝るのだが、
歯医者があったので一睡もしないで家を出て、
そのまま僕に会いに来たのだという。

1日20時間、月に15日の勤務なのだと言った。
大変な仕事だ。

とりあえず3人でファミレスに行った。
父は疲れた顔はしていたが、何というか、魂は元気そうだった。
目の奥に力強い生命力を感じたので、きっと大丈夫だろう。

たわいない話とか、お互いの家族、親戚の話などをした。
僕のいる母方の兄弟には問題のある人が多いのだ。
それは父が母と結婚していた頃から変わっていないらしい。
ウチの母の兄弟は、兄弟同士で仲の悪い人たちが多い。
父のところは、父の兄妹3人が、総じて、
父親(つまり僕のおじいちゃん)との関係が冷え切っている。

こんな質問を父にぶつけてみた。
「今までの人生を振り返ってみると、どんな感じ?」

父は即座に、「楽しかったね」と答えた。
「俺はさ、やりたいことを全部やってきたから、
 『あん時ああしておけば良かった』ってことがないんだよ」

まぁ何一つ後悔がないわけじゃないだろうけど、
とりあえず胸張ってそう言い切れる姿を見て、何か安心した。

ウチの父は、「こんなにふざけきった大人は他にいない」と思うほど、
バカなことばかり言って人を笑わせて生きていて、
若い頃から自分らだけで、バンドやって稼いだり、
店を経営したりして生きてきて、
あ、こんなんでも人生楽しそうに生きていけるのかと思うと、
ホッとするものがあった。

ウチの母のように、
こういう生き方をする人間のせいで、
迷惑を被る人もいる訳だけど、
(そしてその被害は当然僕にも及んでいるんだが)
僕はどういう訳か、小さい頃から父を責める気持ちを
あまり持てない。

笑わせてくれたり、一緒に海で泳いでくれたり、
そういう心と体のふれあいがあったからかな。
ちょっとよく分からない。

「俺が生まれたのって、パパが26歳の時だよね。
 その時、どんな風に思った?
 自分に置き換えたら、31になった今でさえ、
 子どもは無理、育てられないって思っちゃうんだけど」

そんなことも聞いてみた。
(僕は恥ずかしながら、31歳にして、両親をパパ・ママと呼ぶ。
 お父さん・お母さん、という呼び方に改めて変えるのが何だか気恥ずかしく、
 タイミングが掴めないうちに、こんな年になってしまった)

「ん~まぁ、子どもを作ろうと思って出来たわけじゃねぇからよ」と父は笑った。
「でもその頃はバンドマンやって羽振りも良かったし、
 出来て困ったとかそういうのはなかったな」

隣に座っている4人目の奥さんとの関係も、
見た感じ、良好そうだった。
父がくだらないことを言って、
奥さんが噴出すという場面が何度もあった。
4年前に会った時と変わっていないような感じだった。

この夫婦は性格がまるで反対で、
父が恐ろしくふざけているのに対して、
奥さんは品があって包容力を感じさせる穏やかな人なのだ。
一見して、「あ、いい奥さんやってそう」って感じの人。

ファミレスを出た後、父のアパートに連れて行ってもらった。
父のアパートって言うか、
4人目の奥さんのアパートに父が転がりこんだ形らしいけど。

この部屋に人が入ったのは、僕が初めてなんだとか。
それにしてはきれいに整頓されていた。
奥さんがきちんとした人だからなぁ。

奥さんがしばらく病院に行ってる間、
父と二人で、いろいろ喋った。
ほとんど一緒には生活してないのに、
価値観が共通しているところがあって驚いた。

「普通の人はさ、今を我慢して楽しみを後にとっておくだろ?
 俺、そうじゃないんだもん。
 楽しいことは今やっちゃう。
 人間、いつ死ぬか分からないからな。
 死ぬ間際になって、あぁ、あれやっときゃよかった、
 これやっときゃよかったって思うの嫌だもん」
 そう父は言った。

これ、僕が考えてることと同じなんだよな。
僕も、今が楽しくなくて、どうやって楽しい未来を引っ張ってくるのかって
考えちゃう方だ。

やっぱ似てるのかな。
一緒に暮らした記憶はほとんどないのに、
(父が言うには、事実上母と別れたのは僕が3歳の時だったという)
幼い頃の俺は、どんな風にして
父のイズムを継承したんだか。

父にインド仕込みのディクシャをしたかったのだけど、
何となく言い出しにくかった。
宗教じゃないとは言っても、結局似たようなもんだからなぁ。
父はウチの母方のじいちゃんの影響で、
弘法大師をそれなりに信仰しているらしいから、
こういう話には理解はあると思うのだけど。
拒否されるのが恐かったのかもしれない。

でも結局、ディクシャをやらせてもらった。
「悟りに導くディクシャ、先祖供養のディクシャ、
願望実現のディクシャとあるんだ。
願いはどんなものでもいいんだけど」と言ったら、
「ロト6!」と言って手の平を擦り合わせた。
本当にしょうがない親父なのだ。

そういうわけで、父にディクシャをする機会に恵まれた。
奥さんにもさせていただいた。

父の頭に手を乗せている時、感慨深いものを感じた。
鈍感な僕は、いつもながらどんなエネルギーが
僕を伝って流れているのか(あるいは流れていないのか)、
さっぱり分からないんだが、
それでもなんか、この刹那が、
人生において物凄く意味の濃い一瞬であるような気がした。
涙が、出そうになった。

あまり感じないところも僕に似ているのか、
父は受け終わった後も特に何ということもないようだった。
かえって奥さんの方がいろいろ感想を持ったらしく、
「何か、頭がスッキリして清々しくなった」などと喜んでくださった。

しかし父は、ディクシャの直後、
「んじゃあ、オヤジのところにでも電話してみるか」と言って、
おもむろに受話器を取った。
普段はじいちゃんからの電話は、
「出るのも面倒だから、着信拒否にしてる」とまで言っていたのに。
小さな奇跡、と受け取っていいのだろうか。
(まあ父は、兄妹の中でも、まだじいちゃんに対して態度が柔らかい方なのだが)

僕も久しぶりで、父方のじいちゃんと会話をした。
もう90近くなるそうだが、まだ元気だった。
4年前、ロサンゼルスに行くことが出来たのは、
このじいちゃんがお金を出してくれたからだ。
思えば、あれから本格的なスピリチュアルの探求が始まった。

話の流れで、6月の半ばに
みんなでじいちゃんのところへ行くことが決まった。
僕は父を乗せてじいちゃんの住む宇都宮へ行き、
さらに父と一緒に北上し、
どうやら日本一周のゴールは父と一緒にすることになりそうだ。
まぁあくまで、予定だけど。
いろいろ変わったりするだろう。

家族に期待しても、
ウチの場合、つまらない結果になることが多いのを、
僕は経験的に知っている。
どんな風になっても、
「あぁ、そういう流れなんだね」と
スラリと言える自分でありたいと思った。

父たちとは晩御飯を一緒に食べて、それでお別れした。
「肉の万世」でハンバーグを奢ってもらった。
070515_18550001

僕はこの日も車中泊で、
千葉・手賀沼の「道の駅・しょうなん」に車中泊した。
3時間しか寝てなかったから、死んだようになって眠った。


« 5/14 日本一周241日目(八千代~下妻) | トップページ | 5/16 日本一周243日目(しょうなん~横浜) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 5/14 日本一周241日目(八千代~下妻) | トップページ | 5/16 日本一周243日目(しょうなん~横浜) »